次回主日礼拝のお知らせ
- 2008/03/13(木) 02:16:18
次回主日礼拝のお知らせ
3月16日(日)10時半〜
聖書:ヨハネによる福音書18章1−14節
説教:「剣をさやに納めよ」 池田季美枝伝道師
イエスはもういちど、「だれをさがしているのか」と尋ねた。かれらが、「ナザレのイエスだ」と言うと、イエスは、「わたしだと言っている。わたしをさがしているのなら、この人たちは帰してやりなさい」と言った。それは、「あなたがわたしに委ねた人たちの中から、だれも滅びる者はいませんでした」と自分が言ったことを、実現させるためだった。すると、シモン・ペトロは、もっていた短刀を抜くと、大祭司のしもべに切りつけ、その右の耳を切りおとした。その人の名はマルコスと言った。イエスはペトロに言った。「短刀をさやにおさめなさい。父がわたしに与えたさかずきを、飲まずにすませられるだろうか。」
(「小さくされた人々のための福音」ヨハネ福音書18:7−11より)
レントも大詰めに入りました。16日から22日までは受難週です。
イースターにジャンピングしていくためにも、聖句にグッと深く迫っていきたいと思います。先週の説教でも申し上げたことなのですが、「光の中を歩む」とは、一見闇のようにいるように感じる時や、どんな苦しみの中にも目に見えない光がそそがれてあることを「見て」「聴いて」、そこに希望を見出して歩む、ということだと思うからです。
次回主日礼拝のお知らせ
- 2008/03/07(金) 23:41:24
3月9日(日)主日礼拝
聖書:ヨハネによる福音書12章20−36節
説教:「一粒の麦」 池田季美枝伝道師
「自分の命を愛する者は、それを失うが、この世で自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る。」(ヨハネ12:25)は、別訳の聖書では、
「自分自身に執着する者は、自分を滅ぼし、この世にからめ取られた自分自身をにくむ者は、永遠のいのちに向けて自分を守りとおすのだ。」
となっています。
また、別訳の聖書では
「自分のいのちに愛着する者は、それを滅ぼし、この世で自分のいのちを憎む者は、それを永遠の命にまで護ることとなる。」
となっています。
ですから自分の命を愛する、とは単なる自己愛の否定、ということとは異なるようです。世との対比の中で、イエスの生き様との対比の中で、深くとらえることが求められる箇所であるといえるでしょう。
イエスの生き様から、聖書の時代から、現代から、聖句を今一度反芻したいと思います。
世界祈祷日
- 2008/03/07(金) 23:01:36
本日は、世界祈祷日でした。
冨貴島教会からは、教職2名を含む6名が参加。
会場となっていた千葉の新津田沼教会には14教会、124名が集まりました。 献金額はこの集団だけでも12万1870円。
昨年の世界祈祷日では全世界で963万円の献金額となり、世界の貧しい女性や子どもたちのために用いられました。
世界的な規模の祈りの連帯の、行動の力強さを思わされる日です。
――
世界祈祷日とは、全世界のキリスト者が、教派をこえて集い、毎年定められた主題にそって共に祈り、苦しみと喜びをわかち合い、信仰に立って交わりを深め、神を賛美する日です。
・170の国および地域で世界祈祷日が行われています。
・毎年3月の第一金曜日にこの運動のシンボルである礼拝を計画し、皆の参加を求めています。
・異なった民族・文化・伝統を知り、国際的な交わり、互いの理解を深め合い、祈りと行動を続けていきます。
・歴史的には1887年、アメリカの長老派教会の女性たちが、移民者やその他いろいろな形で抑圧されている人びとをおぼえて祈祷日を持ったことがはじまりです。
・日本では1932年以来、1945年を除いて毎年行われてきました。
(2008年世界祈祷日式文・資料集より)
――
今年は南アメリカ大陸の北海岸に位置しているガイアナ協同共和国の人びとをおぼえて礼拝がもたれました。
今年度の式文「天上の知恵―新たな理解」−ガイアナからのメッセージ−
は、ガイアナの人たち、女性、こども、抑圧されている人たちを視野においた斬新なものでした。
何よりも、同地域に住む教派を超えた信仰の友と祈りを合わせられたこと、全世界で祈りが捧げられていることを覚えながら礼拝をささげることができたことが恵みでした。
礼拝後、教会紹介の時間が持たれました。私の教会の紹介は、たどたどしくて、申し訳ないくらいにつたないものだったにもかかわらず、教職が2名共女性の教会は珍しいのでしょうか、私のような世代の女性教職は珍しいのでしょうか、さまざまな方にお声がけ頂いたことも嬉しかったです。
次回聖書研究祈祷会のお知らせ
- 2008/03/03(月) 02:49:25
次回聖書研究祈祷会
3月5日(水)2時〜4時
聖書:「ガラテヤの信徒への手紙」2:1−21
場所:冨貴島教会集会室
前回の聖書研究祈祷会では、1:19のところで、パウロは何故、ほかの使徒には誰にも会わないで主の兄弟ヤコブにだけ会ったのだろう?ということにツッコミが入って話題になりました。
ガラテヤ書は比較的短い書簡ですが、丁寧に読み込むと、パウロの気持ちが生き生きと伝わってくるようでおもしろいです。
説教ではあまり口にしないような、しかし説教作成過程では必ず出てくる釈義上の推定、推測、憶測、邪推?かもしれないようなことを担当者も口にしますし笑、参加者の意見も多様で豊かで楽しい場となっています。
写真は当教会出身の朴先生からいただいたカリス(聖杯)。
日曜日は新しくお見えになった他教会在籍の方もいて、お天気にも恵まれ教会員の出席率も高く、恵み豊かな聖餐の時となりました。いつも聖餐式をしてくださり、新米牧者にあたたかな励ましの言葉をかけてくださる安増牧師の健康が支えられますように。



